絹物語

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ちょっと昔の三ヶ日には、当たり前のように養蚕業がありました。今は、みかん畑だらけですが、そこら中に桑畑も広がり、養蚕をしている農家さんも沢山いらっしゃいました。当時の湖は、もちろん綺麗でした。私たちは、ちょっと昔の景色を創り出すことで、昔の湖に戻ることができるのではないかと考えました。養蚕をすることは、蚕に食べさせる桑の葉を無農薬で育てなければいけません。私たちが取り組む自然農法の普及のきっかけとして、三ヶ日の町に桑畑を増やし、当たり前のようにあった養蚕業に取組むことで、三ヶ日の中に懐かしいけれど、新しい農業のカタチを作り出すことができるのか…まさに実験です。まずは、桑畑を作ること。そして、桑の葉で養蚕に挑み、自分たちの手で絹をつくる。答えがすぐに出ない壮大なプロジェクトです。これらの活動と共に、数年前までは、子ども達にも身近な存在だった、機織文化を復活させることも想像しています。

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初生衣神社とは

全ての物語はここから始まります。

三ヶ日町に鎮座する初生衣神社をご存知でしょうか。八百年以上も三重県の伊勢神宮に神御衣を納めてきたという歴史があります。また、遠州織物発祥の知である浜松にとって、服飾業界からも一目置かれる存在の神社なのです。私たちは、この日本全国でも唯一無二の存在である、地元神社の存在を全国に広めることも使命であると考えています。
 うぶぎぬという名前でもある通り、絹、つまりは養蚕ともご縁のある神社です。
神社内に織殿と織機が残っています。地元の小学校にも、つい最近まで機織の部活があったほど、機織の文化が地元に根付いていましたが、現在は機織の文化を後世に伝えられる状態になっていません。
 プロジェクトでは、桑畑の普及と同時に、機織体験のワークショップを行うなど、神社の存在を若い世代に伝え、地元伝統文化の復活にも力を注ぎたいと考えています。
 

夢に向かって最初の一歩

2020.10月〜

 

桑の木を植える

自然農法で子ども達を笑顔に。

このプロジェクトをスタートするには、桑の木が必要となります。私たちは、耕作放棄地の有効活用も担うべく、地元で自然農法栽培に挑む農家と共に、栽培計画を立てました。2020年10月。世界中で無肥料無農薬栽培の農業の普及活動に挑んでいる、道法正徳氏を講師に迎え、桑の苗の定植を行いました。このプロジェクトに賛同した町内の方はもちろん、浜松市、遠くは関東地区からも応援者が集う中でのスタートでした。
 桑の木は、比較的成長が早く、上手に栽培できれば、次年度には葉も実も収穫が見込めるサイズまで成長するそうです。今後は、より多くの耕作放棄地に桑の木を定植し、桑畑を増やしていきたいと思います。
 
 
 

桑を使った特産品の開発

これからの子ども達のふるさとの味を目指して。

桑の木の「葉と果実」は、大変注目されている副産物です。果実はマルベリーと呼ばれ、サプリメントにもなるほど、健康効果が期待されています。
 自然農法で育った桑ならば、尚更注目されることでしょう。三ヶ日と言えば、「みかん」ですが、新しい特産品に「桑」が加わることになるかもしれません。そんな日を夢見て、オリジナル商品を開発しています。
 第一弾として、桑の葉と果実に漢方の手法を使ったブレンドハーブティーを開発しました。
 

未来へ遺す

縁を紡ぐ、結びの神社

初生衣神社とは

初生衣神社webサイトより。

初生衣神社のある浜名の地域は伊勢の神宮の神領(神社の所有地)にありました。そのため、地域全体が伊勢神宮とかかわりがありました。中でも初生衣神社と伊勢の神宮のかかわりは深く、800年を超える長い間伊勢神宮に神御衣を納めてきたという歴史があります。
 
 古くから伊勢神明初生衣神社、浜名斎宮と称えられてきた神社である初生衣神社。その役割は神御衣を納めるにとどまらず、伊勢神宮の神領であった浜名の神聖品を調達する神聖工場であったという見方もあります。室町時代、戦国乱世で諸国の神領が貢物を絶った際も、初生衣神社は神御衣調達を継続したといわれています。
 
伊勢の神宮に納める神御衣は三河(愛知県) から赤引きの糸を取り寄せて使用していました。この糸を神社内の「織殿(おりどの)」にある昔ながらの織機で織り、できた神御衣は愛知を通って三重県の伊勢の神宮に納められました。
 
 現在はおんぞ奉賛会や崇敬する人々によって織った布を伊勢神宮に奉献していますが、神社内に織殿と織機が残っています。この歴史に基づき行われるのが現在の「おんぞ祭り」で、毎年4月第2土曜日に繊維関係者や町内の人々が集まり執り行われます。